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「ゲド戦記」を見ました。

夏と言えばジブリ映画?
ということで、行って来ました「ゲド戦記」。

前評判がやたらに悪くてどんなものになってるのかと思えば、そんなに悪くなかったです。
私は「ハウルの動く城」より良かったと思ったし、結構好きでした。
派手さはないけど、しみじみ素直というか素朴な感じの映画で。

お父さんの駿監督の映画は、普通に暮らしてた主人公がふとした事から世界の大きな流れに巻き込まれていく物語が多いと思うんですが、この「ゲド戦記」のアレンは大きな流れの中心にはいません。
きっと世界の大きな物語に関わってるのはゲドで、今回のアレンの物語はゲドの関わった大きな物語の中の小さな物語、そんな印象がありました。
物語のスケールがはっきりしてた分、「ハウル」よりもテーマも明確に受け取れたし、伝わってきたように思います。

ちなみに私は原作は読んだことがありません。
どうもウチの母親がこういう不可思議な世界の物語が好きでなかったようで、なんだか子供時代にこういう童話の次に読みそうなファンタジー物に触れることなく、私は来てしまっています。
実は「不思議の国のアリス」ですらちゃんと読んだことがありません。
…どうも、母が「アリス」を気持ち悪くてイヤだと思ってたらしいのですよ。




設定が分からない、とかよく言われいるんですが、私は「大賢人だ」と言われれば「そっか」と思ってしまう方なので、あまり疑問に思いませんでした。
テナーが「墓場の中からゲドに助けられた」と言えば、生け贄に近い巫女かなんかだったのかな~薬も作ってたし、くらいにしか思わなかったので。
でもファンタジーにあまり触れてない人には、分かり辛いのは本当かもしれません。
魔法使いや魔女が薬も作るとか、真名の話とか。
結構、ファンタジー物にはよく出てくる設定なんですが。

「名前」を知られる事が「支配」につながる、とかいう考えは平安時代の日本にもあったようで、貴族の姫君なんかは家族以外には名前を明かさなかった様です。(だから何々大納言の娘、とか宮中の官位でしか名前が分からない歌人がいるのですね)
聖書の最初にもありますね、最初に言葉があったって。
こういう同じ考えが西洋にも東洋にも昔からあるっていうのは面白いと思いました。

ストーリーも画もシンプルな映画でした。
いつものジブリのように、あっと驚かすような動きや絵はなかったのですが、描き込みを抑えた背景は、荒れてきて元気がなくなっている世界を、見ただけで感じさせてくれたように私は思いました。
これがアレンの小さな物語なんだと感じたのは、ゲドの後ろに大きな世界が感じられたからでした。
本当に欠片のような言葉でしか語られない世界の情報なんですが、完全に説明されない分、世界は得体の知れない広さを持ったもののように思えました。
「長い」と言われていたテルーの歌のシーンなんですが、歌詞さえ聞き取れればちゃんと意味があるシーンなんです。
鷹の歌なんですが、ハイタカ(真名がゲド)とテルーとアレンの孤独や悲しみが隠されている様に聞こえる歌詞なんですよね。
なので、これから見る人は是非テルーの歌う歌詞に注目して見てほしいと思います。





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テーマ : ゲド戦記
ジャンル : 映画

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